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2020.05.26 18:00

DJ・ショーこと木部ショータさんにインタビュー ”思い出のカードはバジュラ”

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今回は木部ショータさんにインタビューさせて頂きました。ありがとうございます!

オーディションでジャグリング。DJ・ショー誕生秘話


──まずは、DJ・ショーとしてデビューした経緯から教えてください。

当時の僕は、声優の専門学校(日本工学院専門学校)を卒業して、俳優系の事務所に所属していました。ただ、まったくと言っていいほど売れてなかったんですよ。

マネージャーさんのおかげでたまに仕事は来るんですが、俳優系の事務所なので、バラエティ番組でよくある「再現VTR」などがメインで。自分のやりたい“声”の仕事はなかなかできず、収入も安定しない……。

「もうサラリーマンになって安定した人生を送ろう」と思って、普通の会社員を目指して就職活動をしていました。

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──そうだったんですか!?

求人情報誌とにらめっこしては、いろんな職種の募集を探していましたよ。編集の仕事とか、当時はネットバブルだったのでIT系の仕事とか……。そんなとき、「タカラ(当時)から新発売されるカードゲームのイベントキャラクターのオーディションがあるけど、どう?」と事務所から声がかかったんです。

実はその数か月前に、ビーダマンのイベントキャラクターのオーディションを受けて、書類選考で落ちていたんですよね。だから自信はなかったんですが、ずっとやりたかった喋る仕事だったので、応募する事にしました。そしたら今度はなぜか書類選考が通って(笑)、オーディションに参加する事になったんです。

──そのオーディションが成功したんですね。

ん〜……。覚えているのは、審査員に「特技はなにかありますか?」って聞かれて、ジャグリングをしたこと(笑)。

当時、生活のために遊園地のアルバイトも掛け持ちしていたんですよ。風船で動物を作ってプレゼントしたり、フラッシュモブを仕掛けたり。ジャグリングもやっていたので、咄嗟に思いついたんでしょうね。

だけど、ジャグリングボールなんてオーディション会場にあるわけないじゃないですか。そこで、その場にあったこんな感じのペットボトルをお借りして、ジャグリングを披露しました。

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──人生をかけたジャグリングを(笑)。

いや、それが本当にそうで。あとで伺った話だと、これが審査員さんの印象に残っていたみたいですから。あのときジャグリングを披露してなかったら、DJ・ショーは僕じゃなかったかもしれないです(笑)。

そんなこんなで2002年11月、幕張メッセで開催されたイベントでデュエル・マスターズのコーナーを作る事になり、デビューを飾りました。

思い出のカードは《超竜バジュラ》


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──こうして「カードゲームのイベントMC」という仕事をスタートされたDJ・ショーこと木部さんですが、もともとカードの世界に精通していたわけじゃないと思います。知識をつけるのは大変だったんじゃないですか?

それはデビュー当時に限らず、ずっと勉強の連続でした。でも、楽しく学んでいたと思います。

イベント前日のホテルでは、スタッフ同士で対戦するのが日課で。自分のデッキを使うのはもちろんのこと、流行りのメタデッキを使って「このシーンではこのカードがよく使われるよね」っていう勉強会もしていました。

あと、デュエマの情報番組のスタッフさんと集まって遊ぶことも多かったです。いい大人が徹夜で、デュエマするんです(笑)

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──スタッフさん同士でも対戦されるんですね! 印象に残っているデッキはありますか?

そうですね~。第1弾が発売されてすぐに使っていた《ボルシャック・ドラゴン》のデッキとか、その次に使っていた《機神装甲ヴァルボーグ》のデッキも印象深いですが、やっぱり一番は《超竜バジュラ》かな。

伊原しげかつ先生の漫画「DUEL JACK」の作中で、DJ・ショーがバジュラのデッキを使うんです。で、漫画の最後にデッキレシピを紹介するんですが、このデッキはえげつないくらいガチガチだった(笑)。僕はそれを組んでいたので、たまに子供たちと対戦しても負ける事はなかったですね(笑)。

「やっぱりショーつええ!」「DUEL JACKのデッキつええ!」ってなって、子供たちが喜んでくれたのを覚えています。

──バジュラは勝ち方も派手ですからね。プレイヤーのデッキで強すぎると思ったものはありますか?

やっぱり《無双竜機ボルバルザーク》のデッキですかね。あれが流行っていた頃のイベントは、ほとんど“ボルバル一色”でした(笑)。

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──とてつもなく強かったです……。ボルバルデッキばかりだと、イベントを盛り上げるのも苦労しそうですね。

う〜ん、実は速攻デッキの方が盛り上げ方に悩みました。速攻デッキ同士の試合だと、基本的には先に殴ったもん勝ちでしたし、そうじゃない試合もシールド・トリガー以外の盛り上げ方が難しかったんです。

そういう意味では、逆にボルバルの方が盛り上げやすかったです。序盤から中盤に駆け引きがあって、「どっちが先にボルバルを繰り出すのか!?」「さあ、先にボルバルを出したのはこっちの選手だ!」って盛り上げる事ができました。

──言われてみると、ボルバルデッキは起承転結が明確です。

あとは除去コントロールとか、《ロスト・チャージャー》絡みのデッキはどう盛り上げようか迷いましたね。

山札のカードを抜き取りつつ、場に出ているクリーチャーや手札を破壊して相手を徐々に追い詰めていく……。このとき、手札になにを持っているかとか、これを落とされたら不利になりそうっていうのは、当然ながら相手の選手にも聞こえちゃうので言えないわけですよ。だから、盤面の状況を解説するだけになりがちでした。

手札破壊に関しては、《緑神龍アーク・デラセルナ》みたいな手札から墓地に置かれるかわりに場に出るようなクリーチャーが登場してからは、ドキドキ感を演出できるようになって助かりました(笑)。

──盛り上げづらいデッキは、どのように盛り上げていたのでしょうか。

無理に盛り上げない事にしました。

最初の頃は盛り上げるのが難しい状況でも、頑張って盛り上げようとしていたんですよ。だけど、無理やり盛り上げるとお客さんとの温度差が生まれて、逆に会場がしらけてしまう。

そこで大切にしたのは、自然体で実況をする事。たとえば、速攻デッキなら「これがこうなってああなって、なんとか君がダイレクトアタックして決まった~!」くらいのサラリとした実況をする方が、お客さんとの温度差もできないんです。

──無理に盛り上げると白けてしまうのに、全く盛り上がらないのもダメ。なかなか難しいですね。

それで言うと、シールド・トリガーってすげえなと。

絶体絶命のピンチの場面でも、いつ大逆転が起きるかわからない。《ホーリー・スパーク》でも《デーモン・ハンド》でも《アクア・サーファー》でもそうだけど、さあ殴った、シールド・トリガーキター! の一発で、すべての流れが変わるわけじゃないですか。

プレイヤーとしても最後まで気が抜けませんし、MCとしても「最後まで盛り上げどころがあるぞ」と意識して実況できました。シールド・トリガーという仕組みを発明したのは、本当にすごい事だと思います。

──それに泣かされることもありますけど(笑)。

そうそう、昨日もデュエマのスマートフォンアプリ”デュエプレ”をやってて、こっちは1枚もシールド・トリガーが入ってなかったのに、相手のシールドからはデーモン・ハンドが4枚出てきました(笑)。でも、これもデュエマの醍醐味なんですよね。

ランダム要素が嫌いな人もいると思うんですけど、強い人が強いだけだと大人が一方的に有利なゲームになっちゃうので。今のデュエル・マスターズ人気にも繋がる、大事な要素だと思います。

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突如、子供たちのヒーローになった


あとは、デッキに入れられるカードの枚数を制限するときに、「禁止」とか「制限」という言葉を使わず、「殿堂入り」とか「プレミアム殿堂」って表現を採用してくれた事にめちゃくちゃ感激したのを覚えています。

──と言いますと?

禁止とか制限ってどちらかといえばネガティブなワードで、特に子供たちにとっては「親にこれを禁止された、あれを制限された」みたいな、嫌な事を連想してしまうワードなんですよ。

でも、殿堂入りとかプレミアム殿堂はポジティブな表現だと思うんです。だから、「殿堂入りおめでとう! 今まで頑張ってくれたこいつらに拍手を送ろうぜ!」みたいな名誉ある事として発表できたし、子供たちも前向きに次の環境へと踏み出せたんです。

僕自身、もしこれが制限カードとか禁止カードってワードだったら、どのような感情で伝えたら良いか悩んでいたと思います。

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──なるほど……。子供たちとの接し方についてもお伺いしたいのですが、木部さんはイベントMCに抜擢され、突如として“子供たちのヒーロー”になったわけじゃないですか。そんなヒーロー像を守るために、気をつけていた事はありますか?

いつどこで見られているかわからない、という意識は持つようになりました。

たとえば、道にゴミを捨てないとか信号無視をしないとか、本当に当たり前の事です。そんな姿を子供たちに見せるわけにはいきませんから。

それに、子供たちは人の事をよく見ています。日常から気をつけていないと、ふとした拍子に普段の行動が出てしまう。イベントのときだけカッコよく振る舞おうとしても、子供たちには通用しないんです。

──ある意味、DJ・ショーというヒーローと木部ショータという個人が一体化していた部分もあるのかもしれませんね。

そうですね。口調についても、自然体でいられる範囲のキャラクターづくりはしているものの、“演技”はしていませんでした。

もちろん、最初のうちは「だぜ!」とか「~だ!」みたいな口調に統一するようにスタッフから言われていたんです。でも、僕の本来の話し方とはかけ離れていたので、なんか違うなと。

それに、イベントで朝9時から夕方まで喋りっぱなしだと、どこかで「~だぜ!」じゃなくて「~です」っていう、素の自分が顔を出してしまう事があるんですよ。だから、状況によっては「~です」というのも取り入れさせていただいてからは、無理なく喋れるようになりました。

そういう意味では、僕の相方のDr.ハギーは、もう本当にすごかったですね。

──「~だYO!」という口調でお馴染みの。

彼は最初からキャラクター像をこれだって決めて、ずっとその通りに貫き通していたんですよ。やってみるとわかりますが、なかなかできる事じゃないです。まあ、本人は「~だYO!」って言っちゃえばいいから楽、みたいに話していましたけどね(笑)。

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──ちなみに、ハギーさんとはプライベートでも仲良くされていたんですか?

実はもともと彼は、僕の専門学校時代の同期なんですよ。専門学校に入って、最初に喋ったのがハギー(笑)。

──ええっ!?

当時のホビーイベントのMCの構成ってイベントキャラクターのMC1人+お姉さん1人」のセッティングが主流だったんです。でも、デュエル・マスターズではもっと男臭くいきたいという事で、DJ・ショーの相方は男性にしようと。

そこでハギーにオーディションの話をしたら受けてくれて、彼は最終選考まで残ったんです。最後は審査員の方が「ショーは誰がいい?」と聞いてくれて、「彼がいいです」と答えて。まさか、それから8年間、ずっと一緒に活動するとは思いませんでした。

伝説の商品と引退


──改めて聞くと、本当に長いですね。木部さんは2002年から2011年までの9年間、DJ・ショーとしてご活躍されましたが、中でも特に思い出に残っている出来事はなんですか。

「スーパーデッキ・ゼロ」という、全部ホイル仕様のゴージャスな構築済みデッキがとんでもない販売数を記録した後に行われた、とある九州のショッピングモールでのイベントですね。予想していた3桁台の4倍近い人が集まったんですよ。

──おお……まさに桁違い。

嬉しい悲鳴をあげつつ、スタッフ全員で四苦八苦したのを覚えています。

まず、音響機材ですがマイクは公民館で使う様な簡易的な物しか無い。スタッフも不足しているから音響機材を自分でテーブルに上げて会場の半分に向けて説明した後、「聞こえた人は手を上げて!」と確認を取った後に、同じ説明をもう半分のテーブルに機材を置き直して説明する。

怒涛の一日でエネルギーを使い果たしましたけど、あの経験があったからこそ、その後どんな事があってもブレずに進行できる自信が付きました。

──その後、木部さんは2011年までDJ・ショーを勤め上げます。引退にまつわるエピソードはありますか?

ちょうど2011年の全国大会「サイキック・マスター」が行われるとき、大会を終えたら引退して、新しいイベントMCにバトンタッチする事になりました。

そんな中で、東日本大震災が起きてしまった。さまざまなイベントが延期され、引退も延びる事になったんです。

──過去の話にしてはいけませんが、本当に辛い出来事でした。

そうですね。大きな被害を受けた仙台での大会はすでに終わっていたのですが、その会場も被害に遭っていて、水位が天井近くまで到達したと聞いて。あのとき来てくれた子供たちは大丈夫かな、とものすごく心配になりました。

大切にしていたデッキが津波で流されてしまい、悲しんでいるという声も聞こえてきました。タカラトミーさんが自社にあるカードを被災地に持っていき、支援活動をしている中、引退までの時間で子供たちに何ができるのか自問自答しましたね。

──その後、さまざまな方の尽力によって大会を再開し、木部さんはショーを引退します。

すでにエリア代表選が終わっている会場で引退を発表していたので、最後の大会では参加者の皆さんが花束を贈ってくれたり、色紙を描いてくれたりしました。また、伊原しげかつ先生や松本しげのぶ先生をはじめ、お世話になった方々も「今までありがとう」と声をかけてくださって。

「DJ・ショーをやって良かった」という気持ちでいっぱいの、最高の引退でした。21歳から30歳までやらせていただけるとは思っていませんでしたが、それも支えてくれたプレイヤーの皆さんと関係者の方々のおかげ。心から感謝しています。

──こちらこそ一ファンとして、感謝の気持ちしかありません。ちなみに、新しいイベントMCのユウとアツトへとバトンタッチする上で、アドバイスなどはされたのでしょうか。

「こういう事を意識するといいよ」っていう基本的な事は伝えましたが、それだけです。

僕たちの実況のやり方は、あくまでも当時のイベントに合わせて作ったもので、いわば“僕たちが僕たちに合わせて作ったもの”。新しい世代の彼らにとって正解とは限らないので、前例として真似できる部分は真似してもらって、あとは彼らが次の世界を作っていけばいいと思っていました。

最近、別の仕事で次世代WHFに行ったんですけど、ちょうどその日がMCのバトンタッチするタイミングだったんですよ。そこで新しいMCの方たちと顔合わせさせていただいたんですが、すごく頼もしかったです。こうして彼らもまた、新しい時代を作っていくんだと思いますね。

仕事をする上で、そのコンテンツに興味を持つ事を大切にしている。その理由とは?


――現在は、ナレーターやMCとして活動されていると伺いましたが、仕事をする上で、気をつけたポイントなどはありますか?

どの仕事でもそうですが、自分自身がそのコンテンツに興味を持つ事を大切にしています。自分がコンテンツに興味を持って、好きになって、真のユーザー目線にならないと、言葉にして伝えるときに厚みがなくなってしまうんですよ。

たとえば、サッカーは子供の頃からプレーしていたのでもともと好きでしたが、14年間やらせていただいたサッカー番組のナレーションを担当していた時、仕事以外でも試合が行われるスタジアムに足を運び、熱心なサポーターが集まる“ゴール裏”の観客席のど真ん中で応援していました。応援団の方とも仲良くさせていただいて、忘年会にも参加して、だからこそ優勝したときの感動もひとしおだったと思います。

デュエマも知識をつけるためだけでなく、楽しさを誰よりも理解するために対戦していた部分もあって。そのためにはサンプルとして頂戴するカードだけじゃ足りないので、カードショップにお邪魔して、自腹でカードを買ったりもしていました。

──素晴らしい仕事論……! でも、好きになるのが難しいものもあったのでは?

ちょっとだけ大変だった仕事は、フローリングの接着剤のナレーションですかね。接着剤をどう好きになったらいいのかなって(笑)。

でも、その接着剤は有害物質が入っていない、子供にも安心の商品だったんですよ。当時は結婚したばかりだったので、子供ができて家を建てるならこんな接着剤を使ってほしいなって、すぐに好きになりましたね。体に優しい商品を作ろうという、企業の方の熱意にも心を打たれました。

──こういった仕事と向き合う姿勢は、どこから生まれたのでしょうか。

テレビ局のアナウンサーは、別名「アンカー」と呼ばれています。これはリレーのアンカーと同じで、アナウンサーは企画・構想から制作に至るまで、さまざまな人が努力して形になった番組を、最後に受け取とるポジションなんです。

でも、それってアナウンサーだけじゃないと思っていて。

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デュエマにしてもスポーツにしても、イベントを企画して人を集めるのはすごく大変な事。その準備をしてくれた人たちがイベントにかける想いを、MCはアンカーとして受け取って、参加者の皆さんに伝えないといけません。「こういう仕事をやればいいんですね、わかりました」っていうのは違うと思うんですよ。

まあ、ショーとしてデビューした当初は、僕も独りよがりだったんですけど(笑)。

──そうなんですか?

「どう格好つけよう」とか「どう上手く喋ろう」という小手先のことばかり考えて、想いをくみ取っていませんでした。だからデビューしたてのときは、現場以外でデュエマをする事もなかったんです。

でも、現場の人とああでもない、こうでもないとやり合ううちに、その想いみたいなものに触れて。もっと興味を持って好きになろうって決めたら、不思議と台本なしでも喋れるようになったんですよ。

先程お伝えしたサッカー番組のナレーションも、基本的には原稿を読むのが仕事ですが、自分自身がファンじゃないと盛り上がりどころも掴めない。書いてある事を読むだけの状態と、実際にいろんな試合を見て、サポーターと泣いたり笑ったりして、優勝を逃した悔しさも知っている状態では、やっぱり全然違います。

――なるほど……。

だから、ユーザー目線に立つことやコンテンツを好きになることは、技術的に上手く喋れることよりもずっと重要。一流の表現者は、みんなその能力に長けていると思います。

最近、Project声遊さんというデュエマの声優さんたちも、ご自身でデュエマをやると聞きました。すごく良い事ですよね。

シルクさんのようなYouTuberさんも同じじゃないですか。好きだからこそ伝えたい、発信したいっていう気持ちは、なくてはならないものなんですよ。なんとなくとかビジネスでやっている人は、決して伸びない世界だと思います。

公式とユーザーの橋渡しになる。復活したDJが見据える未来


──紆余曲折を経て、木部さんは「デュエル・マスターズプレイス」でDJ・ショーとして電撃復帰を果たしました。どのよう流れで決まったのでしょうか。

それはもう、突然でした(笑)。

デュエプレの発表前にも、デュエマのウェブ雑誌の表紙に起用して頂いたのですが、声をかけていただいたときは引退から8年近く経っていたので驚きましたね。しばらくして、今度はデュエプレのリリースが決まって、プロモーションビデオのナレーションを担当させていただける事になって。

その後は「僕もプライベートでプレイしようかな」なんて思ってたら、今度はコロコロコミックさんから「YouTubeでデュエプレを紹介する番組をやってみない?」と。もちろんOKして、さらに、デュエプレの公式YouTubeチャンネルでもコッコ・ルピコの声優の指出毬亜さんと一緒に初心者の方に向けた番組をやらせてもらう事になったんです。

――次から次へと矢継ぎ早に。すごいスピード感です(笑)。

本当にありがたいですよね。僕のことを忘れないでいてくれたのが嬉しいです。

――復帰するまでの間は、デュエマに触れる事はあったんですか?

復帰するまではまったくやっていなかったですね。たまにYouTubeとかニコニコ動画とかで対戦動画を見て、「今こんな事になっているんだ」とチェックしていたくらいです。

だから、現代デュエマにはびっくりしています。3~4ターンで決着ついちゃったりしますもんね。ループがこう……何が起きているのかはわからないんだけど(笑)、スピーディーで面白い。

デュエマの良さは、時代に合わせて臨機応変に対応している事。今の時代は、スピーディーで爽快感のあるコンテンツが人気なので、それを上手く取り入れているように見えます。個人的な感想ではありますが、現代デュエマは昔の良さにプラスして、爽快感という要素が強く加わっているのではないでしょうか。

――ゲーム性以外で、昔のデュエマと今のデュエマの違いを感じる部分はありますか?

大きく2つあって、ひとつは昔よりも競技向けの大会をやるようになりましたよね。GPなんて3000人以上の大会もザラで、規模感が半端ない。

デュエマは小学生向けに生まれたゲームですが、当時の子供たちが大人になってプレイしているのをしっかりと拾えているのは良い事かなと。子供向けと大人向けのイベントを二極化させて、どちらも全力で取り組んでいるのは素晴らしいと思います。

――ユーザーが大人になったのは、ひとつの転換期かもしれません。

しかも、その大会を運営しているのが公式側ではなくなってきているのも面白い。イベントのジャッジも当時と違い、今だと試験を受けて合格したユーザーが認定ジャッジとして活動しているじゃないですか。

これが2つ目の変化で、昔のデュエマはコンテンツの力でユーザーを巻き込んでいくものでしたが、今はユーザーが前に出てコンテンツを作る時代になっています。

──なるほど。

YouTuberさんのようなインフルエンサーの影響力も含めて、ひとつのコンテンツなのかなって。実際、影響力でいったら当時のDJ・ショーより、今のYouTuberさんの方が圧倒的に高いのではないでしょうか。

だからこそ、今はそういう人たちを巻き込んでコンテンツを作っていくと、もっともっとデュエマ界全体が盛り上がっていくと思います。

――非常に鋭く分析されていて、勉強になります。今後、どのようにデュエル・マスターズに関わりたいと考えていますか?

公式とユーザーの皆さんの、垣根を取っ払えるような事をできたらいいなって。それこそデュエプレの公式生放送では、しゃまさんやはんじょうさんといったユーザーに人気の方をお呼びしていたじゃないですか。

そういった流れがある中で、たとえば今回のインタビューも、公式とは違うメディアに出演させていただいている。これからもユーザーの皆さんが関わっているコンテンツとコラボして、そういった試みにトライしやすくなるための橋渡しができたらと考えています。

──木部さんにそう言っていただけると、心強いです。

もちろん、そのバランスは考えないといけませんし、いろんなところとの相談も必要になってきます。ですが、公式は公式、ユーザーはユーザー、っていう時代じゃないのは、僕だけじゃなく公式やユーザーの皆さんもわかっているはず。

ラグビー日本代表じゃないですけど、デュエマを好きな人で“ワンチーム”になっていきましょう。公式が盛り上げているものにユーザーが乗っかるだけじゃなくて、相互作用で盛り上げていく。まだまだ誰もが模索している段階なので、これからの伸びしろが楽しみです。

──ぜひ、手を取り合って業界を盛り上げていきましょう。ちなみに、どのYouTuberさんの動画をご覧になっているのかお伺いしても?(笑)

ははは、結構デネブログさんも見させていただいていますよ(笑)。ゆっくり解説のルールのやつとか、面白いですよね!

あとはflat-工房さん、シモカワチャンネルさん、フェアリープロジェクトさん、マッチーのTCGチャンネルさんとか、有名どころっていったら語弊があるかもしれませんが、話題になっている動画はひと通り見ています。

──おお……ありがとうございます! 最後に、改めてDJ・ショーとしての9年間を振り返って、コメントをお願いいたします。

完璧な仕事ができた、と思った瞬間は一度もなかったですね。ただ、そうなっちゃいけないとも思います。周囲から良い評価をもらえても「ここはこうできたな」って後悔は毎回あって、それによって向上できた面も大きいですから。

子供の頃から“喋る仕事”をやりたくてこの業界に入ってきたので、DJ・ショーという仕事のおかげで、その夢は叶ったのかなと思います。何より、ショーとして生きていく中で、MCとしても人としても成長できた。だからこそナレーションや声優といった、新しい仕事のチャンスをいただくこともできました。

デュエマがなかったら、DJ・ショーをやっていなかったら、僕は今頃この業界にいなかったと思います。ショーとして過ごしたすべての時間に、感謝の気持ちを伝えたいです。

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関連リンク:
木部ショータTwitter
木部 ショータ プロフィール|株式会社Gifut
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